新型コロナウイルス感染症の第7波の勢いもようやく衰えをみせてきています。これまで散々に叫ばれている不要不急の外出を避けること、三蜜(密集、密閉、密接)回避、手洗い励行、マスク着用、人との距離の確保、在宅勤務の推進などコロナと共存しながら生活する「新たな生活様式」(New Normal with Corona)が定着してきました。高齢者の場合、感染すると重篤化し、死亡率が非常に高い、と繰り返し報道され多くの高齢者は我慢を強いられてきました。今まで楽しんできた近所の方との交流、カラオケまたはデイサービスなど一切を諦め、ひたすら自宅に籠っている方も少なくはなかったでしょう。しかしこうした過度の行動自粛によって高齢者の体力と気力が低下し、一気に老化が進む人が急増していることは既にマスコミなどにも取り上げられています。また高齢者に限らず在宅勤務者やオンライン講義を余儀なくされている学生の間にも様々な弊害もマスコミ報道だけでなく日頃の診療の中で多く見受けられました。コロナ禍における身体的、心理的、社会的に行動が制約されて生じる衰えを「コロナフレイル」と呼ばれています。

フレイルとは

 「フレイル」とは、日本語では「虚弱」という意味です。加齢とともに筋力や活力が徐々に低下し、介護が必要な状態へとなりますが、フレイルは要介護状態の前段階、つまり健康と病気の「中間的段階」です。体重減少、疲労感、身体活動低下、筋力低下、歩行速度低下などの症状がみられ、これを「フィジカル・フレイル」といいます。また精神・心理的な側面もあり「メンタル・フレイル」といいます。具体的にはうつ病、うつ状態、軽度認知障害、広くは不安や不眠状態も含みます。そして他者、社会とのつながりの欠如を「ソーシャル・フレイル」といいます。この社会からの孤立こそがすべてのフレイルの始まりであるといえます。社会とのつながりを失わないことが非常に大切です。いずれのフレイルも早い時期から気を付けて自身の努力や周囲からのサポートで回復できるという可逆性が重要なポイントとなります。フレイルは特に高齢者を対象として使われていますが、若者や中高年の在宅勤務者にも十分に当てはまるものと言えます。

事例 

80歳代のAさんは7年前に夫に先立たれ、現在一人暮らし。4年前に脳梗塞に罹患後うつ状態となり当院を紹介受診。幸いにも脳梗塞の後遺症もほとんどなく、うつ症状も程なくして軽快。日常生活は自立し、介護認定も要支援1。サークル活動(コーラスや俳句)グランドゴルフやお友達とのランチなど闊達な生活を送っていました。

 ところが3月上旬からコロナ流行のためサークル活動やお友達との会食もことごとく中止。買い物なども近所に住む娘が代わりにすることが多く、受診も電話で様子を伝えて娘が薬を取りに来るなど外出の機会が激減し、完全に巣ごもり状態となった。日がな一日、誰とも口を聞くこともなく、テレビを見るだけの生活となった。日中ボーっと過ごしていることより夜が眠れなくなり、持病の腰痛も悪化。気分もふさぎ込むようになり9月に久し振りの本人受診となったがこの半年で一気に老け込み、物忘れも多くなっているという。

「コロナフレイル」から「コロナうつ」や「コロナ認知症」にならないために

規則正しい生活を心掛ける

特に「コロナうつ」防止において重要なポイントとして、毎日定時に起きて、朝日を浴び朝食を食べて体内時計のスイッチをオンにする。毎日同じ時間に三食をきちんと食べて、一定時間屋外で過ごす。適度に運動して寝るという毎日の生活パターン、リズム

を崩さないようにする。昼寝は避け、夜間遅くに光(スマホやPC、テレビ等)を浴びるのも極力避ける。すなわち体内時計にあった生活を心掛けることが重要となります。

充分な栄養、水分摂取

特に独居の高齢者はついつい食事を疎かにしがちです。タンパク質やビタミンを充分に摂

取する。特にサルコペニア予防の観点からタンパク質摂取は重要となります。サルコペニア

とは筋肉量が減少して筋力や身体機能が低下をきたした状態を言い、転倒し易くなり四肢

の骨折や頭部外傷など思わぬ事態となってしまう。

感染予防を徹底しながら活動量を増やす。

基本的な感染予防を徹底しながら活動量を増やすことが重要です。人の少ない時間帯、場所

を見計らって散歩や買い物に出かけるなど各自工夫をする。またYouTubeなどの動画サイ

トに室内でできる体操やトレーニングなどが数多く紹介され、それらを利用することが望

まれます。

人とのつながりの確保のために積極的なオンラインを活用する。

人とのつながりがなくなるとフィジカル・フレイルだけでなく、メンタル・フレイルも

悪化します。このことはマスコミでも「コロナうつ」や「コロナ認知症」として取り上げ

ている。高齢になるとどうしても新しい電子機器の使用には躊躇しがちです。しかし今

や誰でも持っている携帯電話にはカメラ機能を有し、相手の顔を見ながら会話するという

ビデオ通話も手軽にできます。それにより話し相手の笑顔が見えるだけで、楽しさが何倍

にも広がります。操作は思った以上に簡単であるし、携帯電話の値下げも控えて、携帯電

話をより身近なものとして活用する。

 

コロナ禍における自殺者の増加

精神科医療において最も悲惨な結末は自殺という転帰となることです。精神科医療に携わ

るものとしてやはりこのことに触れないわけにはいかないでしょう。人類が100年に1度

のパンデミックにおいて、人のメンタルにはこれまで述べてきましたように様々な影響を

与えています。1998年から2011年までの14年間続いた年間自殺者数3万人超が2012年

より着実に減少してきていた中でコロナ禍にある2020年は増加に転じています。自殺者3

万人時代は働き盛りの40歳代から60歳代の男性の自殺の増加によるものでした。ところ

がコロナ禍における自殺者の増加はこれまでにない特徴が表れています。それは女性や若

年者による自殺が激増していることです。令和1年と令和2年の女性の月間の自殺者数

を比較してみますと令和1年7月、8月、9月、10月はそれぞれ563人、464人、501人

466人のところが令和2年の7月、8月、9月、10月はそれぞれ663人、673人、653人

879人とこの4か月で前年比40%増となっています。また20歳代の自殺者は前年比17%

増、10歳代は前年比14%増となっています。自殺者数は完全失業率と極めて高い相関関係

にあると言われており、緊急事態宣言によって多くの業種が経営困難となり、それにより

弱者である女性たちが真っ先に解雇され、失職するなどの経済苦境等が自殺者が増加した

1つの大きな要因ともいえるでしょう。若年者においては歪な学生生活や在宅勤務や失職

などから夫婦の不和や喧嘩の余波を受けたこともその原因の1つと言われています。

自殺のプロセスは様々なライフイベント(リストラ、倒産、借金、離婚、離死別、病気

その他の失敗や喪失体験)にコロナ関連の様々なストレスも加わり、それらへのサポート

不足もあってうつ状態やうつ病が発症する。うつ病になるとマイナス思考、こころの視野狭

窄、自責感、無価値観、絶望感などから一気に希死念慮が加速されて自殺に至ってしまう。

自殺を防止することは精神科医であっても困難であると日頃から痛感している中でそれでも希死念慮をもった患者さんに対処しなければなりません。またプライマリーケアの先生方もコロナ禍において不安や不眠、あるいはうつ状態の人に対応する場合が増えていると思います。身体科などのプライマリーケアの先生方に適切な対応が望まれますが、希死念慮を抱いた患者さんを含めて精神科への紹介するタイミングを列挙して久しぶりのブログ投稿を締めくくります。

  • 診断に苦慮する場合
  • SSRI,SNRI,スルピリドを投与しても症状が改善しない場合
  • うつ病が重度の場合
  • 躁状態がある・あった場合
  • 自殺念慮が強い場合