以下の文章は公益社団法人 大阪精神科診療所協会の月刊誌 令和6年4月号の巻頭言とした投稿文であることをご了承ください4。

昨年の3月23日朝日新聞の朝刊に「腸管免疫システム うつ病発症に影響」という見出しの掲載に思わず目を引いたその記事は以下のような内容であった。

腸内細菌叢の変化がうつ病などの精神疾患の発症システムに関わる仕組みを米ジョンズ・ホプキンス大学の神谷篤教授と酒本真次研究員らが明らかにした。腸管免疫に関わる「γδT細胞」が脳に作用しているという。論文は3月20日付の米科学雑誌ネイチャー・イムノロジー電子版に掲載された。毎日、短時間攻撃されるなど、ストレスを受けたマウスではT細胞の分化に関わる乳酸菌が減りうつ状態になることを確認し、同じタイプの乳酸菌の減少とヒトのうつ病患者の重症度と相関していることも確かめた。また、ストレスにより「γδT細胞」が炎症性サイトカインという物質を作る細胞に分化し、この細胞が脳髄膜に移ることでうつ症状を引き起こすことも明らかにした。という興味深い内容で、この記事を切り抜いて保存していた。

この記事が掲載された同じ週の新聞の一面にアサヒ飲料のカルピスの「ココカラケア」という乳酸菌サプリメントの広告が掲載され、その謳い文句が「ストレスの緩和」「睡眠の質の改善」という内容、さらにその数日後にはかの有名な乳酸菌飲料ヤクルトの「ヤクルト1000」が同様な謳い文句で広告掲載され、さらに森永乳業から「腸に届いて脳に働く 腸から始める記憶対策 メモリービフィズス」という謳い文句の記憶対策ヨーグルトなる商品の広告もあった。広告には科学的なエビデンスもあることや脳腸相関により、腸内環境を改善することからの効能であるとも記載されていた。「脳腸相関」それは最近注目されていることとはいえ、身近な新聞広告にもそのことが記載されていることに驚いた。脳と腸は自律神経系やホルモン、サイトカイン等の液性因子を介して密接に関係しているとされている。「脳腸相関」に関連して我々が日頃関わりのある疾患として、うつ病、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病などが言われている。良好な腸内環境が脳の状態にも良好な影響を及ぼす。良好な腸内環境とは、腸内細菌の善玉菌、悪玉菌、日和見菌の比率が2:1:7と言われており、いかにして悪玉菌を増やさず善玉菌を維持していくかである。ヒトの腸内細菌は約千種類、100兆個(匹?)重さにして実の1㎏~1.5㎏もあり、腸内細菌叢(腸内フローラ)となって腸管粘膜にびっしりと生息している。善玉菌と悪玉菌、何が善で何が悪なのか?細菌も生き物でありエサを食べてフン(代謝産物または産生物質)を出す。善玉菌は水溶性食物繊維やオリゴ糖をエサとし、短鎖脂肪酸(乳酸、酢酸、酪酸、プロピオン酸等)をフンとして出す。悪玉菌は動物性タンパク質や動物性脂質をエサとし、腐敗ガスや毒素、発がん物資をフンとして出す。善玉菌の善なる所以はフンすなわち代謝産物が短鎖脂肪酸であることである。短鎖脂肪酸は自前の万能薬と言われるくらいに様々な効能がある。その効能を詳しく述べるのは紙面の関係上差し控えるが端的に表すと

  • 免疫機能を正常に保ち、アレルギー疾患や感染、発がんを防ぐ
  • 消化管ホルモン分泌を促し食物の消化・吸収を促進する
  • ダイエット効果や肥満を防ぎ、糖尿病予防にもつながる
  • コレステロールの合成を抑制する
  • 腸内を弱酸性にして悪玉菌の増殖を抑制し、腸のぜん動運動を促し便秘を解消
  • セロトンニン分泌を促す(冒頭の乳酸菌サプリメントの謳い文句に関係していると思われる。そもそもヒトの体内にあるセロトニンの80%は腸のクロム親和性細胞で作られる。良好な腸内環境により効率よくセロトニンは作られる)

一方の悪玉菌の悪なる所以は発がん物質や腐敗ガス、毒素などを産生物質としているからであり、肌荒れ、肥満、糖尿病、慢性疲労症候群、潰瘍性大腸炎、認知症、大腸がんなどの原因や発症リスクを高める。

最近の新聞広告にもその短鎖脂肪酸を前面に出した発酵乳がグリコからBifiXという商品名で広告掲載されていた。謳い文句としては「タンサ脂肪酸を生み出す」とあり、ビフィズス菌と食物繊維を成分としているらしい。そうであるならこれらの善玉菌入りの乳飲料やサプリメントをせっせせっせと謳い文句に踊って?飲めば腸内環境は良くなるのか?残念ながらそうはいかないようだ。それはサプリメントに含まれている善玉菌はほとんどが胃酸で死滅するか、剤型を工夫して首尾よく腸にたどり着いても、腸に定着しないで排泄されることが多いという。ヒトの腸の善玉菌はそのヒトに合った株の善玉菌がフローラとして定着している。腸の疾患に対する便移植が必ずしも上手くいかないのはそのためであるという。それでは自身の善玉菌を育て、保持するにはどうすればよいのか?それはやはり日頃の食生活でしっかりと野菜を摂ることに尽きる。特に善玉菌のエサとなる水溶性食物繊維が重要といえる。子供頃より親から野菜を食べろ、摂れと言われる理由は野菜のビタミン、ミネラル、フィトケミカルの摂取以外に腸内細菌叢の良好な環境を維持する自身の善玉菌を守り、育てることが非常に重要であるからである。そんなことを親が知っていたはずもないが‥‥

既に40年以上精神科医療に携わり、既存の脳をターゲットとした向精神薬での精神科における「標準治療」の限界もいやが上でも思い知らされている。行き過ぎた栄養精神医学(食養生だけで精神疾患は治る)も如何なものかと思うが、腸は第2の脳として、腸内環境を考えての精神医療を今後考えていく必要があるのかも知れない。冒頭の神谷教授も以下のように述べたと新聞に記載されていた。「既存のうつ病治療薬のほとんどは、脳内の神経伝達物質に働きかけるもので、効き目がない患者も多い。腸管の免疫システムを創薬ターゲットととすることにより、新しい予防法や治療法につながる可能性がある。」と

                  令和6年3月11日 平山 栄一